「あの日」から一年が経った3月11日に、石巻動物救護センターの
支援物資窓口になってくださっていた動物病院の先生に、
メールを送った。
メールを送ることは、直前まで迷っていた。
支援への感謝を強要していると感じられてしまうのではないか。
迷惑なのではないか。
さんざん迷ったあげく、形や方法は変えても支援は続けるという
意志と、決して忘れることはないという想いを伝えようと、
ごく短いメールを送った。
すぐに返信があったが、それまでの先生のメールとは全く雰囲気が
違うものだった。
大震災の直後に連絡をしたときには、想像を絶する状況にうまく
言葉が見つからず、非常に硬い文章のメールを送ったのだが、
それに対して先生は、「自分は外見が鶴瓶師匠に似ていること」
「だから、メールも鶴瓶師匠のノリでお願いしたい」と明るく、
絵文字がたくさん入った返信をくださった。
現地で活動する先生がそう望むならと、以後のメールは
ことさら明るく、普段はあまり使わない絵文字満載でやりとりしていた。
その先生からのメールに、全く絵文字がない。
綴られていたのは、瓦礫の撤去が全く進まず、復興とはほど遠い
状況であること。
国の対応があまりに遅く、苛立ちが募るばかりであること。
中でも、胸を突かれたのは
「仕事も母ちゃんも家族さえも居なかったなら、
人間おかしくなって当然です。」
という言葉。
「母ちゃん」の部分には、「父ちゃん」や「じいちゃん」や
「ばあちゃん」や「兄ちゃん」や「姉ちゃん」が入る人も
いるだろう。
大震災で失われたもの全ての名前が、入るだろう。
「支える」と言うのは簡単だが、どうやって支えるのかと
問われても、すぐに答えることはできない。
漠然とした支援では長続きしないから、自分でテーマを決めて
支援をしているが、果たして、どれほどの役に立っているのか。
物理的な支援もそうだが、この国に暮らす者として、どういう
「志(こころざし)」を持って、この先の時代を生きてゆくのかと
いうこともおろそかにしてはいけないと思う。
「志」については一つの方向を見いだせそうなヒントを
意外なところで見つけた。
とても好きな洋服のアトリエのホームページにあった言葉。
「世界でもっとも美しいお墓 ー タージマハル ー
もうすぐ ”あの日” から1年…。
最愛の王妃の死に対し、20年以上の歳月をかけて、
世界でもっとも美しいお墓を作り上げた
古代インドの王様の様に、
いつかぼくらは、
あの大きな悲しみという衝動を、忘れる、乗り越えるのではなく、
美しいもの、可愛らしいものに、生まれ変わらせることが出来るだろうか…。」
(「HANA TO GUITAR」 2012 Spring/Summer Collection より)
忘れる、乗り越えるのではなく、何かに生まれ変わらせる。
そのために、知恵と力と想いを合わせることができれば。
それができたときに、あの日、失われた数えきれない命と、
そのために流れた膨大な涙に報いることができるのではないか。
そう、思う。
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